大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和30年(行モ)3号 決定

広島県佐伯郡宮島町八百四十九番地

申請人

梅林義一

広島市霞町

被申請人

広島国税局長

橋本実春

右当事者間の昭和三〇年(行モ)第三号行政処分執行停止申請事件について、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件申請は却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

一、申請人の主張

申請人は、申請の趣旨として「被申請人が昭和二十七年二月十九日、申請外一心証券株式会社の滞納国税にもとずいて、別紙目録記載の不動産に対してなした滞納処分の執行は、申請人より被申請人に対する昭和三〇年(行)第一九号不動産差押処分無効確認事件の判決確定まで、これを停止する」旨の決定をもとめ、申請の理由としてつぎのとおり主張する。

申請外一心証券株式会社(以下「申請外会社」と略称する)には、昭和二十四年度から同二十六年度の間の源泉所得税、昭和二十四年度の有価証券移転税合計六十五万九千六百七十九円の滞納国税があつたので、被申請人はこの滞納処分として、昭和二十七年二月十九日、別紙目録記載の不動産(以下「本件建物」と略称する)を申請外会社所有のものとして差押えた。

しかし本件建物は、申請人の所有するところであつて、これを申請外会社に使用貸借させていたものである。もつとも本件建物の登記簿上の名義は申請外会社名義になつているが、これは申請外会社の代表取締役某が、申請人不知の間に檀に保存登記をしたものであつて、右登記名義は当然抹削されるべきものである。

したがつて、申請外会社の滞納国税にもとずく滞納処分の執行として、申請人所有の本件建物についてなされた差押えは無効であるから、申請人は右無効確認をもとめるため、本案訴訟(昭和三〇年(行)第一九号不動産差押処分無効確認事件)を提起した。ところが、右差押えの本件建物は近日中に公売されることになつているので、これを放置するときは、申請人に償うことのできない損害を生ずるおそれがあつて、右滞納処分の執行を停止する緊急の必要があるから、右の停止を求めるため、本申請に及んだ。

二、当裁判所の判断

行政処分の執行停止が許されるのは、その処分の執行によつて申請人に償うことのできない損害が生じ、これを避けるため緊急の必要がある場合に限るのであるから、まず右の要件の存否について判断する。

本件建物は、申請人が自から使用しているものではなく、これを申請外会社に無償で使用させており、他方申請外会社は申請人に無断で檀に自己名義に保存登記をする等の申請人に対する背信的行為に及んでいることは、申請人の自認するところである。そうすると、現在における自己使用の必要ならびに、とくに申請外会社え引続きこれを使用させる必要は、いずれも申請人にとつてそれ程切実なものとは考えられない。

又仮りに本件建物が公売処分によつて買受人である第三者の所有に帰した後に、本件差押えが無効と判断されたとしても、本件建物所有権の申請人えの復帰は、法的に十分可能であつて、かつその手続がそれ程困難なものとも考えられないし、又第三者の所有に帰することによつて、右第三者が本件建物の現状に変更を加えることも必ずしも予期できないことではないが、これもまた申請人が受ける金銭的賠償によつて、それを旧態に復させることはそれ程困難を伴うものとも考えられない。

そうだとすれば、本件建物が現在において第三者に公売されること自体、他に特別の事情がない限り申請人に著しい損害を生ずるものとは認め難い。

以上の諸事情を考慮するとき、本件建物に対する被申請人の本件滞納処分の執行により、申請人に償うことのできない損害が生じ、これを避ける緊急の必要があるものとは考えられないし、他に右の点を肯首するに足りる特段の事情も認められない。

したがつて、申請人の本件申請は爾余の判断をまつまでもなく失当であるから、これを却下することとして、申請費用については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大賀遼作 裁判官 牛尾守三 裁判官 円山雅也)

目録

広島市銀山町拾番地

家屋番号同町 拾番

一、木造瓦葺弐階建事務所 壱棟

建坪 四拾四坪参合七勺

外弐階 参拾七坪六合弐勺

(参考)

1 強制執行(国税徴収法による公売)

停止決定申請

広島県佐伯郡宮島町八四九

申請人 梅林義一

広島市白島東中町四九の二

右代理人弁護士 中川鼎

東京都千代田区霞関

被申請人 大蔵省

右代表者 大蔵大臣 一万田尚登

広島市霞町県庁構内

送達先 広島国税局

強制執行(国税徴収法による公売)停止決定申請

申請の趣旨

被申請人が件外一心証券株式会社に対する国税滞納処分に因り昭和二十七年二月十九日別紙目録記載物件に対し為したる強制執行は広島地方裁判所昭和三十年(行)第十九号不動産差押処分無効確認請求事件の本案判決確定に至るまでこれを停止する。

申請の理由

一、件外一心証券株式会社は昭和二十九年八月十七日設立登記を為し爾来有価証券の売買取引等に従事し来つたもので右創設以来申請人は同会社の取締役に件外渡辺益雄は代表取締役に夫々就任し当初広島市山口町三五番地に店舗を構え営業に従事して来たものである。

然し申請人の取締役就任はほとんど単に名目上のものに過ぎずして件外会社の経営は前記渡辺益雄の専権に委ね申請人はわずかにその財政的援助を為して来たのに過ぎなかつた。然るに偶々昭和二十年八月六日の原爆被害により前記店舗が灰燼に帰したので申請人は件外会社に対する援助の目的を以つて昭和二十二年春頃以来申請人の個人的資金を以つて別紙目録記載物件を建築し同年十一月一日以来件外会社に右物件を無償使用せしめつつ現在に至つたもので前記物件は名実共に申請人の個有的所有に属するものである。

二、然るに件外会社の代表取締役たる渡辺益雄は申請人等が同会社の実権を委ねその経営にほとんど毫も関与しないこと及び前記物件に付申請人が従来所有権保存登記手続を経由していないことを奇貨とし昭和二十六年二月十日広島法務局に対し件外会社名義に前記物件の所有権保存登記手続を経由するに至つた。

三、然るところ前記件外会社には別表記載の如き昭和二十四年度源泉所得税等の合計金六十五万九千六百七十九円の国税の滞納があつた為被申請人は昭和二十七年二月十九日別紙目録記載物件に付差押を為し同月二十五日広島法務局受付第二七〇五号を以つてその旨登記を為した上その公売期日を昭和三十年十月十四日と指定した。

然れ共前記物件は一、二記載の如く申請人の所有に属するものであつて前記差押は不当のものであるから申請人は御庁に対し昭和三十年九月二十三日件外一心証券株式会社を被告とする所有権確認所有権保存登記まつ消請求(昭和三〇年(ワ)第五六二号)の又本日被申請人を被告とする差押処分無効確認請求(昭和三十年(行)第一九号)の訴をそれぞれ提起した次第であるが、前記公売期日が明日に迫つていて若し之が公売せらるるときは申請人は回復することができない損害をこうむる虞があるので右強制執行停止の御決定相成度本申請に及ぶ。

疏明資料

一、登記簿謄本 一通

二、誓約書 一通

三、証明書 二通

昭和三十年十月十三日

右申請人代理人

弁護士 中川鼎

広島地方裁判所 御中

2 昭和三十年(行モ)第三号

意見書

広島県佐伯郡宮島町八四九

申立人 梅林義一

広島県広島市霞町

被申立人 広島国税局長

橋本実春

右申立人と被申立人間の御庁昭和三十年(行モ)第三号公売処分執行停止決定申立事件について被申立人は次のように意見を述べる。

意見

本件執行停止の申立は却下さるべきである。

理由

一、本件申立理由の要旨は件外一心証券株式会社にかかる昭和二十四年度源泉所得税及び之に附帯する利子税等の滞納処分として同会社所有の名義の事務所に対しなした差押並びに公売処分は「右事務所は申立人が建築したものを、その保存登記未了を奇貨とし同会社が勝手に自己名義に保存登記したものであるから」無効であり且つ公売処分により申立人は償うことのできない損害をこうむる虞があるので本申立に及んだというのである。

二、然しながら、右申立は左記の理由により失当である。

(1) 本件事務所は件外会社の所有であり申立人所有の事務所ではない。即ち、登記簿の記載は右会社名義で登記されているのみならず、昭和二十七年二月十一日付右会社から大蔵省証券取引委員会へ提出の主要勘定残高表(疎乙第一号証)昭和二十三年六月十三日付右会社から広島税務署長へ申告の家屋新築申告書(疎乙第二号証)及び本件事務所に賦課せられた諸税金の納入状況等よりして、このことは明白である。

(2) かりに申立人主張の如くであるとしても登記簿の記載通りにその所有関係を認定してなした本件差押公売処分は何等違法ではない。

(3) 本件公売処分によつて申立人が償うことのできない損害をこうむるものとは思われない。

本件係争物件は、事務所一棟であり然も空屋で現在これを申立人において使用しなければ事業経営が不可能になり従業員多数の失職に伴う生活の困窮を来すという如き格別の事情あるわけではなく、ただ自己のものを売られたら困るというに過ぎない。かりに申立人の主張の通りとするも、それは申立人が件外会社の取締役の任にありながら、その任を怠つていたため、本件事態をひき起したとも言えるのであるからなお更である。

(4) 元来行政処分の自力執行性は、行特法第十条に規定する如く厳重な要件を備えた場合でなければ容易に排除されるべきではないのである。

本件の如き場合、だれが見ても、件外会社の所有であることが客観的に明白であるのみならず、もし仮りに公売によつて申立人の家族従業員等が路頭に迷うというのであれば問題は又別であるが、前述せる如く申立人の所有であるのか、所有であつてもそれを第三者に対抗できる場合なのか明白でないし且つ、生活手段を喪失するというような具体的な事情もなくその主張もなされておらず、且これが裏付けもないのであるから、到底本件執行停止申立は認容の余地なく当然排斥せられるべきものと思料する。

疎明資料

疎乙第一号

一 主要勘定残高表

疎乙第二号

二 家屋新築申告書

昭和三十年十月十九日

右被申立人指定代理人

岡野進

広島地方裁判所 御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例